― DeepSeek、Huawei、AMD、そしてNVIDIAの力学
AI推論性能のベンチマークをオープンに可視化する新興プロジェクト「InferenceMAX」が登場し、
AI業界に新たな透明性をもたらし始めている。
同プロジェクトでは、「gpt-oss 120B」「DeepSeek R1 0528」「Llama 3.3 70B Instruct」 の3モデルがテスト対象として採用された。
結果として、DeepSeekが3モデル中で最も低い性能を示すという興味深いデータが得られている。
単なるスコア比較にとどまらず、この結果はAI半導体のサプライチェーン構造と最適化戦略の現実を映し出している。
DeepSeekが直面する「構造的な制約」
DeepSeekは中国の新興スタートアップであり、アリババやテンセントのような巨大資本を持つ企業ではない。
そのため、開発インフラは主に NVIDIA H200 GPU を中心に構築されてきたと考えられる。
一方、「gpt-oss 120B」や「Llama 3.3 70B Instruct」 は、
より新しい Hopper(H100/B200)世代 のGPUや、
広範な最適化が施された環境でテストされており、
単純な性能比較では本質を見誤るおそれがある。
実際、「DeepSeek R1 0528」のInferenceMAXの性能曲線を見ると、
H200世代をメインターゲットとした最適化傾向を示している一方で、
「gpt-oss 120B」や「Llama 3.3 70B Instruct」は明らかに異なる特性を示す。
このことから、NVIDIAの最新アーキテクチャに最適化されたモデル群とDeepSeekとの間に明確な隔たりがあることがわかる。
Huawei Ascendへの移行が意味するもの
DeepSeekは現在、Huawei(ファーウェイ)のAscendチップ上での再構築を進めていると報じられている。
この選択は単なる技術的判断ではなく、地政学的およびサプライチェーン上の必然でもある。
米国による輸出規制によって、中国企業は高性能NVIDIA GPUへのアクセスを制限されており、
Ascendは「中国独自のAIインフラを支える要」として急速に位置づけを高めている。
ただし、Ascend環境に注力するということは、
今後もNVIDIA向け最適化の優先度が下がり続けることを意味する。
したがって、DeepSeekの現行ベンチマーク結果は「技術力の不足」ではなく、
リソース配分上の構造的制約として理解すべきだろう。
成長する運用コストの現実
ベンチマークからはもう一つ重要な示唆がある。
DeepSeekは初期投資段階でNVIDIA GPUコストを抑えられる可能性があるものの、
運用フェーズではコストが膨らみやすい構造を持っている。
H200世代GPUをベースとするシステムでは、
同等の性能を出すためにより多くのGPUノードを必要とする傾向があり、
その結果、電力消費・冷却・ラックスペース・データセンター運営コストなど
TCO(総保有コスト)が増大しやすい。
DeepSeekがAscend環境への移行を急ぐのは、
単なる「政治的リスク回避」ではなく、運用効率化の観点からも合理的な判断といえる。
比較の次のステージ:中国勢「Qwen 3」への期待
DeepSeekは衝撃的な登場で注目を集めたものの、
技術リソースの配分上、NVIDIA最適化の優先度が低いと推測される。
次のステップとして、「InferenceMAX」の検証対象に**「Qwen 3」**などの
中国勢LLMモデルを加えることで、
維持コスト・推論効率・アーキテクチャ特性の国際比較がより明確になるだろう。
これにより、中国のAI企業がどのようにNVIDIA依存から脱却し、
自国チップで推論基盤を構築しつつあるかが可視化される。
AI競争は「パラメータ数」ではなく、
電力効率(Performance per Watt)とインフラコスト最適化力の勝負に移行しつつある。
AMDとNVIDIA:性能差の再定義
今回のInferenceMAXの結果を見ると、
AMDのGPUも着実に存在感を高めている。
特に「gpt-oss 120B」では、AMD環境での最適化が功を奏し、
NVIDIAとの性能差が大きく縮小している。
一方で、「Llama 3.3 70B Instruct」では、
B200とMI355の間に約2倍の差が見られた。
この差はハードウェアの性能よりも、
ソフトウェアスタック(CUDAエコシステム)の成熟度の影響が大きい。
AMDは今後、PyTorch 2.x / ROCm / Transformersベースの最適化を進め、
性能差の縮小と同時にコスト優位性の確立を狙っている。
今後の展望:マルチチップ時代への分岐点
「InferenceMAX」は今後、Google TPU や Amazon Trainium にも対応予定だという。
これが実現すれば、AIチップ市場はついに「NVIDIA一強」から
マルチベンダー最適化競争の時代へと移行するだろう。
各クラウドベンダーは自社インフラを
電力効率・推論スループット・コスト効率の三軸でチューニングし、
性能と経済性の両面で競い合う構図になる。
「InferenceMAX」が日次で公開するオープンデータは、
AI企業の技術判断だけでなく、投資家・クラウド事業者・政策研究者にとっても
極めて価値の高い指標になると考えられる。
総括:地政学・経済・技術が交差する新たなフェーズへ
DeepSeekの性能が他社より低いという結果は、
単なる「劣後」ではなく、自国チップによるAI推論の自立化に向けた
壮大な試行の一部と見るべきだ。
AIチップ競争は、もはやハードウェア単体の性能競争ではない。
地政学、エネルギー、経済、そしてオープンソース戦略が交錯する総合戦の様相を呈している。
そして「InferenceMAX」は、
そのダイナミクスを可視化する新しい分析レンズとして、
今後のAI産業インサイトを読み解く上で欠かせない存在になるだろう。
